追伸
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この世を好きなようにデザインできるとして
なぜ望んでも無い世界があたりを包んでいるのか


とか思うよね


それは「この世」は望んだもの
というよりは
「信じたもの」で出来ているから


すっかり「そう」だと信じたものが
現実になって押し寄せてくる


信じた思いを発し
遠くへと伝播し
また跳ね返って寄せてくるんだ


世界の反対で起きている紛争も
「私」が信じて発した思いが
伝播して起きている


信じられない?

小さな波が沖に行くに従って大きくなるのを
目にしているんだ

やがてそれはまた
こちらに寄せて返ってくる
「私」にとって現実的なサイズになって

だから
自分が何を信じているのか
注意深く観察することが大切なんだよ

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人生を好きなようにデザインしていくためには
「自分」を投影している「この世」のシステムを体感的に理解する必要があるんだ

この
つねに振動している世界を……


たとえばムカデが手のひらに乗っている様子を想像してみて……


どうかな?

どんな感じ?


わたしなら、
1)「後頭部と背中の上の方が冷たくなって、キューッと力が入って、胸の辺りがムカムカとする感じ」
がするな



じゃあ次に
手のひらにヒヨコが乗っている様子を想像してみて


どうかな?

どんな感じ?


わたしなら
2)「口の噛み合わせの力が緩んで首の辺りが温かくなる感じ」
がするよ



どう?
できたかい?


この1)とか2)のような「感覚」こそ
「わたし」という受信機がキャッチした、ムカデやヒヨコの発する振動なんだ


こうやって
「この世」にあるものすべての振動は、「自分」という受信機を使って「感覚」という言葉に「翻訳」することができるんだよ


もちろんあやちゃんとわたしという受信機は、それぞれに違う作りになっているから、振動もそれぞれに違うふうにキャッチすることになるだろうね

それは「わたしの宇宙」と「あやちゃんの宇宙」は違う次元にあるからなんだよ

誤解しないようにつけくわえるけれど、それは次元が高いとか低いとか、という話しではないよ

つまり「わたしが体験している宇宙」と「あやちゃんが体験している宇宙」と「あの人が体験している宇宙」はまったく違うものだ、ということ


おっと
話しが広がり過ぎたな


この辺のことはまた今度にしよう


話しは戻して
しばらくの間、この「翻訳」する作業を練習してみると良いよ

あやちゃんの宇宙が、どんな振動で「ある」のかを調べてみよう



私たちは楽器のようなもので
それぞれのリズム、バイブレーションをもって
音楽を奏でている

それは私たち人間だけではなく
「この世」の事象全てがそうなんだ


赤い色には赤い色の音楽が
香しい薔薇の芳香には薔薇の音楽が
嵐の破壊力には嵐の音楽が
あなたの嬉しい気持ちには嬉しい音楽が


そうやって
五感で感じるものすべてを音楽だと思ってみれば

どれも素晴らしい個性を発しているのが分かるよ

どれも尊く
どれも美しい

そして何より忘れてはならないのは
その全てはあなたの発したバイブレーションの
リフレクションによって奏でられているものだ、ということだよ

私たちが目にしている「この世」は
すべて、すべて、すべて
例外なくすべて自分のリフレクション

思いが反射して返って来ている姿なんだ


そこを徹底的に見抜く事


それが幻想を打ち破るひとつの糸口になるよ

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