追伸
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「こうしたらこうなる」
という定義付け、条件付けから自由になろう

「どうにでもなる」のがこの世なんだ

私たちが想像したり期待した以上に
面白いことが起きてくるのがこの世なんだ


でも
「期待を手放す」という言葉のトラップにかからないようご注意を


それは
「冷めた目で見る」とかそういうんじゃないんだ


たとえばそうだな……

「物欲から自由になれば目覚めるのかも(という期待)」

「この時計、欲しいけど物欲を手放そう」

「これで目覚めに近づいた?(という期待)」

「まだダメ?それは時計を欲しいとか思ったから?」

「坐禅に通ってみよう。物欲捨てられるかも(という期待)」

「これだけ厳しく指導受けて坐禅したから欲も減るに違いない(という期待)」

延々と続く……


このトラップに入り込みやすいんだよね……

この強烈な幻想の足かせ

ここから自由になることがコツなんだ

いいんだよ
欲しがったって

「これを買ったら幸せになれる(という期待)」
とかのループにはまらなければね

うーーん
伝わったかな?

まあ
またそのうち書くと思う

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mustという言葉を手放そう

自らを限定せず

どこまでも拡大していくんだ

あやちゃんはもう
「魔法の呪文」は見つかったかい?


さて
わたしが自分の「魔法の呪文」を唱え
そしてその『魔法』に絶大の信頼を寄せ
この世に立ち上る事象全てに私自身が「開いて」
どの瞬間も目覚めていると

やはり世界はどんどん開けていくんだ

それはもう爆笑してしまうくらい


昨日はそれはそれは爆笑するようなことがあったよ


残念ながらここでは詳細を言えないけど
こうやって
「思いも寄らない」ことがどんどん起きてくるんだ

そしてそれは恐怖ではなくて
とにかく「こうきたか!がはははー!」
と、腑に落ちながら受け入れられるような
そういったものなんだよ


面白いね


デフォルトではわたしたちは「自在」だ


つまり
なんでもありだし
なんにでもなれる
そしてどのようにでも世界をデザインできる

今の私たちは
自らが放ったバイブレーションの反射の中で
遊んでいるに過ぎない

この言葉を字面ではなく
真に体感しようと努めてごらん
次第に今まで常識として信じ込んでいたものが
崩壊し始めるから

「忙しいからあとでやってみよう」
とか
「家族が眠って静かになってから考えてみよう」
とか
「ATMでお金を引き出して、買い物を済ませてから取り組もう」
とか

そうではなくて
どの瞬間も体感しよう、と決意してみるんだ


これが最初の一歩

これからは
好きなように人生をデザインしていこうよ

面白く生きるんだ

「全部自分だった劇場」の主人公として


あちらこちらに置き去りにした自分のかけらを集め

同時に不要なエゴを捨てて行く

ていねいに
ていねいに

それ、本当に自分かな?

そう信じ込んでいるだけじゃない?

あ、でもここでトラップにかからないようにね


エゴを捨てるということは
「我慢」させることではないんだ


世間のいう
「スピリチュアル」な人のいう
あやちゃん以外の人がいう「エゴ」が
本当にあやちゃんにとっての「エゴ」なのかは
きちんと確かめてみよう



誰がこういったとか
この本にこう書いてあったとか

そんなことは気にしなくていいよ


全部自分を信じよう

自分は嬉しいかな?
自分はほっこりしてるかな?

ね?

やー
きてますねー
肉体の変化が……

今回、変化の始まりが予想していたよりずっと早い


一回経験しているからかな?


最初の目覚めのあとの肉体の変化は
もっと穏やかなスタートだったけど……


肉体の記憶の方が
ブロックが少なかったっていうことなのかな?


「もうまどろまない」
という宣言の直後から
急速に肉体は反応を始めたもの……

すごいな
肉体の叡智とは……

肉体自体はエゴイスティックではないものね


精神が追いついて
肉体の「錠前」を外してやれば
変化は始まって行くのだもの


わたしの今回の場合は
最初から錠前がかかってなかったんだろうな……

たんに私のスピリットからの
GOサインを待っていただけなんだろうな……

どんどん
溜め込んでいた物が出て行く感じ


軽くなるね

軽い

うん

でも
まだまだあるって感じだな

目が覚めてしまうとやはり
「どうしてこんなに簡単なことを思い出せなかったんだろう?」
と思ってしまう


でも私はあの「まどろみ」を再度体験したわけで
その「まどろみ」で滑稽にもがいていたわけで

やはり「まどろみ」にあっては
目覚めの状態を「思い出す」のは困難な作業なのだ
ということを覚えておかなくてはいけない

だから
何度でも
何度でも
何度でも

あやちゃんが「思い出す」まで
繰り返し
繰り返し
繰り返し

「帰り道」のヒントを発し続けるよ


そう
「帰り道」なんだよ
「思い出す」ということなんだよ

もうすでに知っているんだから

「思い出したら」
ほんと、爆笑するくらいシンプルだから


「自分を信頼しきる」ということ

これが大切だよ

私の言葉ではなく
「自分」

エゴの削がれた
ありのままの「自分」に帰るんだ

意識の拡大のためには
肉体のチューニングも同時にした方がいい


でも肉体は「日本語」では語りかけてくれないから
よく注意深く耳を傾けてあげる必要があるんだ

信頼関係を取り戻すんだよ
ゆっりと

いずれ加速していくから

今は焦らずゆっくり発進すればいい

私たちは楽器のようなもので
それぞれのリズム、バイブレーションをもって
音楽を奏でている

それは私たち人間だけではなく
「この世」の事象全てがそうなんだ


赤い色には赤い色の音楽が
香しい薔薇の芳香には薔薇の音楽が
嵐の破壊力には嵐の音楽が
あなたの嬉しい気持ちには嬉しい音楽が


そうやって
五感で感じるものすべてを音楽だと思ってみれば

どれも素晴らしい個性を発しているのが分かるよ

どれも尊く
どれも美しい

そして何より忘れてはならないのは
その全てはあなたの発したバイブレーションの
リフレクションによって奏でられているものだ、ということだよ

私たちが目にしている「この世」は
すべて、すべて、すべて
例外なくすべて自分のリフレクション

思いが反射して返って来ている姿なんだ


そこを徹底的に見抜く事


それが幻想を打ち破るひとつの糸口になるよ

『何やら「ものすごい」変化をもたらす
「目覚め」というものは
体験をしてみないと分からないらしい』

そんな風に思って
萎縮してしまったり
ぼんやり待っていたり
人ごとのように眺めていたりしていたら

なんだかもったいないように思う


「ある日突然」目覚めはやってくるのかしら?


それはそうとも言えるし
そうではないとも言える


たしかに私の最初の目覚めは「突然」のものだったけれど
今回の気づきは流れに沿ったアクションの積み重ねによって引き起こされたものだと感じているから


だから
目の前の事象に「明晰であろう」という姿勢を選択することは
無駄なことではないと思うな


それはもちろん
「目覚めたい」
という純粋なる欲求があってこそではあるけれどね



「目覚めの呪文」……
そんなものがあったら簡単でいいよね

でも
もしあったとしたら??



言葉って不思議だ
言葉はそれぞれに振動があって
言葉にはそれぞれ命が宿っている

そう私には感じるんだ



私がまどろみから浮上できなくなってしまった時
それはそれは色々な試みをしてみた

本を読んでみたり
瞑想してみたり
なげやりになってみたり


色々エゴが苦しかったからね
そこから抜け出したい気持ちでいっぱいだった

それでね
どこかで聞いた「アファメーション」というのをやってみようと思ったの

まあ
ポジティブな言葉を言い続ければ
幸せになれる、とかそんなヤツね

でも上手くいかなかった

今ならどうして上手く行かなかったか
良くわかるんだけど
その時には心がやさぐれてたから(笑
「あー、そう簡単にはいかないよね」
とか思っていたわけ


でも、色んな言葉を口にしてみたよ
「ありがとう」とか「愛してます」とか
「ついてる」とか
「私はのんびり過ごしていて幸せです」とか
ありとあらゆる、ね
例文に載っているようなやつは一通り


時々は何となく効いてる感じもあって
「お?」なんても思ったんだけど

すぐに元に戻っちゃうの



でも、
ある時口にした言葉で
突然パタパタと扉が開き始めて
「帰り道」を見つけて
ダウンロードが始まったんだよ





………その言葉はね

「私はアートでスピリチュアルな毎日を楽しんで生きています。ありがとうございます。」

というものだった


この言葉を口にした瞬間
すんごく嬉しくなったの
「うわーーーー!」って
ウキウキして
「そうそうそう!!」
って感じ

そうしたらね
私が必要としている答えが載っている本が手に入ったり
パートナーとのコミュニケーションがスムーズになったり
「自分の時間」がたっぷりとれたり
面白い出会いや再会があったり
クールな誘いがあったり

すべての詰まりがスッと抜けたような状態になったの




あやちゃん

ここで一体何が起きたのかわかるかい?


わたしは、わたしの魂が決めた筋書きを
ちゃんと言葉に込めて口に出来たってこと
クイズショーの正解を口に出来たってことなんだよ


これを目覚めの呪文と言っても良いんじゃないかな?


この呪文は
一人一人違っているのは分かるよね?

あやちゃんにはあやちゃんの呪文があるんだ

エゴをそぎ落として
呪文を唱えてみようよ

とりあえず、手当たり次第でも何でもいいよ

まず口にしてみよう

「無理」とか「恥ずかしい」とか「人にどう思われるか」なんて気にしないで


口にした瞬間
本当にウキウキ嬉しくなったら
それが正解だよ!!

すると、ソリッドの世界の方も
するすると動き出すから


私は私の呪文を探し当てる前はね
「スピリチュアルに生きる、なんてニューエイジっぽいしうさんくさいと思われそうだし、『大丈夫?』なんて人から言われそうだし、ちょっとねーーー」
とか思ってたんだよ


でも
人の声、人の目、出来るか出来ないか、
そういったものを一切無関係として
「本当に思うこと」
を口にしてみたんだ

そういうこと


そういうことなんだよ


あやちゃんにも
きっと解錠の呪文があると思うな



目が覚めてくると
自らの内側との密なコミュニケーションが始まってくるのだけれど

それは肉体においても同時進行的に起きてくる

前回の目覚めの時も、帰り道を思い出した今も
変わらずに確信しているのは
魂と肉体は車輪の両輪ようなもので
どちらか一方の目覚めだけを促そうとしても
バランスがとれなくなってきてしまう、ということ

そのあたりのことについては
少しずつ書き綴っていくつもりだよ


魂がまどろんでいる時
魂は鈍い状態にあるように
肉体もまどろみながら「鈍化」しているのだろうと
私は感じるよ

魂との密なコミュニケーションが始まると
それは肉体との間にも起こってきて
肉体というものがどれほど精妙なものであったか
「思い出される」んだ

今、私の肉体には変化が起こりつつあって
多分目覚めていない状態であれば
不安に思うような症状も出始めているんだけれど

あんまり心配していないんだ

なぜなら、同じようなことが前回の目覚めの時にもあったからなんだよ

目に見えて良く分かるのが
今まで口にしても平気だった物を
体が受け付けなくなってくる、というやつ
ひどい腹痛と下痢、嘔吐なんかが始まってる

でも、安心してるんだ

「ああ、これ食べちゃだめなやつね」って

そのうちもっと肉体とのコミュニケーションが上手くなれば
食べる前に分かるようになるよ

前回もそうだったんだ

私は肉体の叡智を信頼しているし
肉体の喜ぶものを口にしようと思っている

そうやって、魂と肉体とが相互に協力し合って
「私」との信頼関係が確立されて
目覚めは加速していくのだと良く分かるよ

もしあやちゃんにそのような事が起こり始めても
不安になったりしないで

鈍化していた肉体が
準備のできた
「聴く耳」をもったあやちゃんに
語りかけ始めてきたというサインだから

安心してお任せしよう
私たちのエゴがあれこれ考える以上に
魂と肉体は智慧に秀でているのだから




覚悟を決めること

すると
ものごとはするすると動き出すから

「忙しい」時間という幻想に溺れていると
溺れたまま流されて行ってしまうよ


魂の舵取り

そのための決意、覚悟

それがあやちゃんという船の燃料になるんだ




あやちゃん
今私たちは「支流」にいるのが分かるかい?


「今までとは何かが違う」とは思わないかい?


6年前までは
どこかファンタジーじみていたことが
だんだんと現実感を伴って迫って来ているのを
感じはしないかい?


人間はやはり
二つの流れに分かれていくのだと思う


すべては「1」なるけれど
今はなにかダイナミックな流れがあって
エネルギーが振り分けられているような
そんな感じだ

どちらが良いでも悪いでもなくて
ただただそういう流れなんだ

これから色々な混乱があると思う

それを「怖い」と思う人はその濁流に乗るでしょう
それを「面白い」と思う人はそういう流れにいくでしょう


まどろみを「良し」とする魂もあるのであり
その中で光を得る、とする魂もまたあるのであり

やはり「良い」と「悪い」に振り分けることはできないんだ

あやちゃんは「怖い」かい?

わたしはとても「わくわく」しているよ


わたしが最初の目覚めを体験した時に思った事
それは

「答えはなんてシンプルだったの!!」

というものだった

だから
たとえ自分から好んで「まどろみの世界」に入り込んでも
すぐに目覚め直すことができると思っていたんだよね

つまり「答え」は
そのくらい簡単でシンプルなものだったということなんだ


でもできなかった……

最初のうちはすぐに「浮上」することができたんだけど
だんだんとエゴにからめとられて
次第に感情に主導権を取られ
やがて何が何だか分からない混乱の淵に引きずられてしまった


時々読み返す自分が書いたブログも
「本当に自分が書いたのかしら?」
とすら思う始末……


すごいよね

そのくらいこの世の幻想は強烈に出来ている、ということなんだ


以前は
「なんでこんなに簡単な答えを皆分からないんだろう!!」
と思っていたけれど、撤回するね

たしかにここから抜け出す最初の一歩は
なかなか手こずるものだと今は本当に思う


脱出に必要なことは
「自分を見つめ尽くす」
ということだけなんだけれど

今回の手紙では
その辺りを徹底して分解し
噛み砕いて書き綴っていきたいと思っているよ





あやちゃんへ

あのブログが完了してから6年の月日が経ちましたね

その6年の間に何が私に起きてきたのか、あなたはその全てを目撃してきたと思います

あたまのてっぺんを閉じ、時間という幻想に埋没することによって、私に何が起きていたのかを……


裁判、引っ越し、再婚、出産、怪我、闘病


私は望んでダイブし直した幻想の中で
全くもって迷子のようでありました

あの素晴らしく自由で「私そのもの」であった瞬間を
完全に見失ってしまっているかのようでした


しかし、私はまたここにきて、突如帰り道を思い出したのです


…何故か



それは私が今
あなたに伝えるべき言葉があるから


最初の覚醒は、まさに突発的なものでした

つまりそれは「なぜ目が覚めたのか」を説明することができない
神秘的な出来事のようでありました


しかし今は違います


今の私には帰る道をとうやって見つけ出したのか説明できるのです


やはり宇宙はすべてベストタイミング


この瞬間に至るまでの道のりに何の無駄もなかったことが今よくわかります


宇宙は先に「正解」を見せておくことで、その後のパズルの組み立てを
説明のつく状態で導けるように準備していたというわけです



我々は魂の分岐点にさしかかりました


私が「見たい」と待ち望んでいた瞬間です


愛するあや
あなたがこのジャンプを恐怖ではなく愛で楽しめますように!!!

心からの愛を込めて


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